2015/10/09
私たちの主張、高校生作文コンクール 国土交通大臣賞(4)
「私たちの主張」国土交通大臣賞
「道」
濱本謙二郎(北陸地建)
私が土木施工に携わるきっかけは、ただ単に「工業高校土木科卒」という理由だけで、特に建設業に憧れてこの世界に入ったわけではない。
弊社は主に石川県及び金沢市発注の公共土木事業を受注し施工する会社である。この業界に入る前の私が抱いていた土木工事へのイメージは「キツイ」「汚い」「キケン」という、いわゆる「3K」であり、実際に入社し現場作業を経験してみて感じた事はまさに、体力的に非常にキツく、危険要因も他業種と比較すると多く、抱いていたイメージとほぼ相違が無かった。
まず、作業に使用する資機材の一つ一つが非常に重く、高校卒で業界に飛込んだ私にとってはビックリする程の重量物の数々で、私にこの仕事が勤まるのか?と疑問に思った程だった。また上司や先輩方の仕事ぶりを目の当りにして、「自分もああいう風になれるのか?」などと自問自答する日々だった。
しかしながら、2、3年も経過した頃には体力的にも楽ではないが次第に慣れてきて、体つきも「ひ弱な細い体型」から一回り大きくなり「土木の仕事をしている人」、の様になっていた。ただ、仕事ぶりはというと与えられた仕事・言われた仕事をこなすという風に坦々としたものだった。
そんな私の仕事に対する姿勢に変化を感じたのは施工管理技士の資格を取得した後に自分の担当の工事を任された際である。それまで上司の担当する工事の補佐として漠然と仕事をしてきた私にとって、顧客との打合せ・現場地元の方々との関わり方・材料業者や作業に従事する方々との打合せなど、これまでの経験ではそれらを一度に処理できる容量を遥かに超えていた。
毎日夜遅くまで書類や資料の作成に時間を費やし精神的にも体力的にも余裕のない状態で仕事に望んでいた。それでも上司・先輩方に様々な助けを頂き一つ、また一つと積み上げて仕事をし、担当現場を何とか竣工させる事ができた。
現場を終え、振り返ってみると、「一つの工事というのは一つ一つの作業の積み重ねで竣工を迎えるのであって、例え単純作業でもそれらは全て完成に繋がっている」という事に気付いた時、仕事に対する姿勢にも転機が訪れたように思う。
以降は担当現場を重ねる毎に工事着工の段階から完成までの全体像が頭の中で段々と組立てが出来るようになり、それは自身の経験値となり、様々な事柄に対してもイメージが浮ぶようになって、顧客との打合せも工事全体を見据えて具体的に行えるようになった。
これは現場における地域の方々や関連各位との関わり方にも通じていて何気ない話題の中に工程や施工方法といった工事に関する事柄も織り交ぜながら会話を出来るようになっていた。今では、これらの経験が私の土木事業に携わる事へのモチベーションとなり「やりがい・楽しさ」を占める大部分となっている。
例えば、ある山間地区にて配水管の敷設事業に携わった際のこと。その地域では5ヶ月間に及んで工事を行っていたが、工程の案内や通行規制案内などの広報活動は出来る限り一軒ずつ各家庭を訪問し、お宅の方と顔を会わせて話をしていた。
そんなある日、あるお宅の方から「作業が終わったらウチ( 家)に寄ってくまっし」と声を掛けられ伺ってみると、そのお宅で栽培している様々な野菜を持たせてくれたり、また私達の急な作業変更のお願いにも快く応じて頂いたりと本当にお世話になった。これは心がけていた一軒ずつの広報活動の成果ではないかと改めて思った。
また、工事完了の挨拶に各家庭を訪問した折は多くのお宅の方から「寂しくなるね」との声を掛けて頂いた時にはこの事業に携わる事が出来て本当に良かったと思える瞬間であった。
気が付くと、工業高校土木科から何となく業界に入った私が当初抱いていた3Kという漠然とした印象は、これまで歩んできた道の途中で社会資本整備事業に携われる事への誇りへと変化していた。
一つの工事が完成した時の成就感、地域の方から頂く温かい言葉、感謝の言葉、これは何事にも代えがたいものである。現在のような仕事に対する心境になったのは間違いなく上司・先輩方・協力業者の方々に様々な教えを頂いたからだと思う。
これから自分がどのような気持ちを抱いて仕事に携わっていくのか想像しつつ、今現在の自分よりも成長できるように一歩一歩確実に地に足付けて技術者の道を歩んでいきたいと思う。
また、数年後にこの文章を読返し自分の歩んできた道を真摯に振返ってみようと思う。きっと今見えている状況とはまた違った風景が見えていることだろう。