富山県が常願寺川の砂防事業に着手して110年余り、国の直轄事業に移行して90年以上が過ぎた。立山カルデラで現在も続く砂防工事は、富山平野と流域住民の安全・安心を守るための最も重要な事業の一つ。その拠点となる北陸地方整備局立山砂防事務所長に、4月1日付で野呂智之氏が就任した。野呂氏に管内の事業の特徴などを聞いた。
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立山カルデラにおける砂防工事は、冬は現場が雪に閉ざされるため、工事専用軌道(トロッコ)が全線開通する6月から10月までの半年間しか作業ができない。「こうした現場は国内には無い。作業の手順や安全対策など、独自でつくらなければならない」と、管内特有の大変さを実感する一方で「その分、やりがいも感じている」という。厳しい現場だけに安全対策は最重要課題。「砂防工事の現場は、もともと危険な場所にあるもの。特に管内は現場が山間部の奥深くにあり、何かあった場合にすぐには対応できない」と危機意識を持ちながら、「安全を最優先に工事を着々と続けていくことが大事」と強調する。
近代砂防技術発祥の地である立山砂防。国土技術政策総合研究所土砂災害研究室長を務めるなど、自身が長く研究に携わってきたことになぞらえ「ともに迷路を進むように時間をかけ、試行錯誤しながらゴールに向かうようなもの」と捉える。「トロッコのレール一つとってもそう。脱線もあったが、それも知見を積んだと思えば、成功への過程の一つ。先駆者というか、我々しか進んでいない道の苦労、自負みたいなものがある」と胸を張る。「わたしが35代目の所長だが、34人の歴代所長や職員たちの積み重ねは貴重だし、大事にしないといけない。そうした経験が今事故も起きずに、限られた工期の中で工事ができるということ」と、先人への感謝を示す。
富山県では「立山・黒部」の世界文化遺産登録に向けた取り組みを進めている。そのせいか「立山周辺だけでなく、平野部の住民の砂防工事に対する関心がとても高い」と実感。登録に向けて県と連携していくとともに「砂防堰堤を造る技術、維持管理の技術などを国内外に広く発信していきたい」との考えだ。
立山砂防事務所は、山の中にある、職員・関係者合わせて50人ほどの小さな事務所。「責任感が強い人が多く、これまでに河川や砂防工事を経験し、自然相手にも応用が利く集団だと思う。この強みをうまく活かせるよう、コミュニケーションをとることがわたしの仕事」との姿勢だ。さらに現場で作業を行う建設業者への信頼も厚い。「現場に精通した地元の建設業者も心強い。建設業者が事業継続できるように、健全な業界になるように考えていかなければならない」と先を見据える。
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のろ・ともゆき 1968年(昭和43)生まれ、51歳。神奈川県出身。北海道大学を卒業後、旧建設省入省。新潟県土木部砂防課、独立行政法人土木研究所つくば中央研究所土砂管理グループ上席研究員、国土技術政策総合研究所土砂災害研究部土砂災害研究室長などを経て現職に。趣味は愛犬と散歩。