疲弊する建設産業の再生が社会的なテーマとなる中、その実現に向けて関係団体が大同団結する動きが長崎で起こった。27団体が参画して7月24日に設立した長崎県建設産業団体連合会(長崎建産連)は、その後も参画団体が増え、8月13日現在31もの団体で構成。設計・コンサル、ゼネコン・サブコン、資材など建設産業に関係するあらゆる団体が連携し、共通の課題解決に向けた取り組みを進めていく方針だ。 長崎建産連の誕生は全国的な注目と期待を集め、ベストウエスタンプレミアホテル長崎で行われた設立総会には、長崎県や九州地方整備局の代表者だけでなく、全国建設産業団体連合会の北川義信会長(石川県建設産業連合会会長)や、国土交通省本省の日原洋文建設流通政策審議官(当時)も来賓として出席した。さらに総会後の懇親会には、長崎県市長会会長の田上富久長崎市長や、宮ア東一土木部技監をはじめとする県各部の幹部、県議会議員、県内の銀行・大学関係者のほか、建設業振興基金や建設業福祉共済団といった東京の機関からの来賓も多数出席し、長崎建産連の設立を祝った。
初代会長に就いた谷村隆三長崎県建設業協会会長は総会のあいさつ中で「東日本大震災と政権交代を経て命と生活を守る公共事業は見直されたが、個々の企業・団体は時代の要請に応えるには弱体化してしまった。このため、さまざまな関係団体が利害を超えて運命共同体として共通の利益に向けて結束しなければならない」と建産連設立の意義を説明。その上で、労務賃金の引き上げや社会保険の加入促進などに取り組み「建設産業の発展と、そこに働く人々の社会的地位の向上に努めたい」と今後の方針を示した。
一方、来賓としてあいさつした日原建流審は「地域を支える建設業の存続や担い手の確保は、国交省としても重要な課題として捉えている」とした上で、「関係団体が利害を超えて今までの縦割りの仕組みとは違うやり方で議論していくことはとても重要」と述べ、長崎建産連の取り組みを大いに期待した。
長崎建産連では、喫緊の課題として元請・下請関係の適正化と建築関係団体の経営改善を挙げ、『元請・下請適正化委員会』と『建築委員会』を設置し、具体的な検討を進める。元請・下請適正化委員会は8月28日に、建築委員会も9月中には初会合を開く予定だ。
本年度の事業計画ではこのほか、持続的発展のための取り組みや、行政との連絡調整、広報・啓発、社会活動も重点項目としている。このうち持続的発展に向けては▽国土強靭化法の成立も含めた公共事業費の確保▽県内企業・資材の優先活用▽公共調達法の成立も含めた適正な入札制度▽上限拘束性、労務単価、資材単価の在り方を含めた適正な予定価格▽最低制限価格の引き上げ―について検討していく。
必要に応じて市・町へ要望・陳情するための地域部会の設置も計画している。また、ことし9月に長野市で開かれる全国建設産業団体連合会の「全国府県建産連会長会議」にも参加するなど、地域密着とスケールメリットの両面を生かした活動を積極的に展開していく方針だ。
賛助会員を含め31もの県内建設業団体が大同団結した長崎県建設産業団体連合会。なぜ業界は大同団結する必要があったのか、そして今後どのような施策に取り組もうとしているのか、中長期的な展開とその活動に対する期待も含めて、長崎建産連の谷村隆三会長と、全国建設産業団体連合会の北川義信会長、さらに建設業行政を所管する国土交通省の日原洋文建設流通政策審議官(当時)の3人に語ってもらった。 ―まず、今回の大同団結の背景となった現在の建設業をとりまく状況について日原建流審にお伺いします。建設業が維持できなければ国が維持できない 日原「東日本大震災や中央自動車道笹子トンネルの天井板落下事故などを契機に、災害時の応急復旧や社会資本ストックの維持管理の担い手としての建設業に対する社会の認識が高まっています。しかし、公共事業費の減少などにより業界は危機的な状況に陥っており、建設産業が将来にわたって適切に持続できるのかが業界全体の深刻な課題となっています。国交省では、建設業が維持できなければ国が維持できないとの認識から、業界の就労環境改善の一環として社会保険未加入対策の推進や設計労務単価の政策的引き上げに取り組んでいるところです。これらの円滑な実現には、業界のさまざまな関係者が一体となって取り組むことが不可欠です」
―業界のさまざまな団体で構成しているのがまさに建産連ですね。 北川「一般的な建設業団体はゼネコンやサブコン、業種ごとに縦割りで組織されています。しかし建設業は、さまざまな業種が地域に根付いて、地元の安全・安心の確保や維持管理などに携わるもの。建産連はこの実態に即した唯一の業種横断的な組織と言えるでしょう。地域の状況に応じた議論を地方建産連で進め、一地域で解決できないような課題は全国建産連が地域・業種横断的に取り組んでいます」
元請けだけでは解決しない 谷村「長崎での建産連設立のきっかけの一つは、やはり設計労務単価の引き上げや社会保険未加入対策です。建設業協会としても『賃金水準確保検討部会』を設置して検討を進めましたが、自分たち(元請け企業)だけでなく、専門工事業者や資材業者なども含めて議論しないと解決できないことが分かりました。専門工事や資材団体の方々も同じように感じていたのです。さらに業界が疲弊する中、東日本大震災以降の社会の要請に適切に応えるため、業界が一つにならなければならないという機運もありました。建産連の設立は時代の要請だといえます」
日原「東日本大震災の復旧・復興の大きなテーマの一つが資材。建産連の構成団体には資材関係も含まれています。国土の防災や維持管理を支える担い手として、どう取り組んでいくのか関係団体が一体となって議論していくことは非常に重要です。長崎でこのような動きが起きたことは大変喜ばしいですね」
―長崎建産連としてどのような取り組みを進めていくつもりですか。 谷村「建設業協会会長として『建設労務費適正化促進月間』や『社会保険加入促進月間』を創設して積極的に取り組もうと関係団体に働き掛けていたのですが、なかなか理解してもらえませんでした。月間中だけやればよいことではありませんが、意識を高める上では非常に有効だと思っていますので、建産連でも提案するつもりです。将来的には、全国建産連を通じて全国展開できればと考えています」
北川「具体的な課題を解決するには非常に良い施策だと思います。ですが私としては、現在抱えている諸問題の根本となった『過当競争によるダンピング受注』をどう解消するかの議論が重要だと考えています」
日原「確かに、労務単価の引き上げや社会保険未加入対策など、現在の取り組みは対症療法です。なぜ業界が厳しい状況に陥ったのかをしっかり見据えた対応策の検討も当然必要です」
過当競争の解消へ根本からの議論が必要 北川「数年前までの国の姿勢は、建設投資の減少による供給過剰状態の中で業者が自然淘汰し、技術と経営に優れた企業が生き残れば良いというものでした。ですが現実は、ダンピングが止まらず地域のために生き残るべき優良企業が倒産し始めました。さらに賃金が下落し、若年労働者や技術者が入職しなくなりました。社会保険未加入問題もダンピングの副産物です。現在、太田昭宏国交相は適正な価格で受注するよう業界団体に要請していますが、適正な価格とはそもそも何か。さらに、建設投資の3分の2を民間が占める中で、公共事業だけが適正な価格で受注する努力をしても業界全体の改善にはつながらないという課題もあります。これらを根本から議論しないと、ここから派生しているさまざまな問題も解決しないのではないでしょうか」
谷村「民間と公共の問題は、建築と土木に言い換えられますね。土木系の工事費は労務単価が反映されて上がっていますが、建築関係は、経済調査会や建設物価調査会の市場調査による単価が占める割合が高いため、行政の政策がリアルタイムで反映されず工事費が低いままです。このため建築工事については当面の間、最低制限価格を95%以上に引き上げるよう県に求めているところです。地方自治体は、理屈ではなく自治体の長の理解があれば対応できると信じています」
北川「入札契約制度についても、公共事業の発注量の3分の2以上を占める地方自治体まで、国が提案する素晴らしい制度がなかなか浸透しないのが実態です」
谷村「未だに過当ともいえる競争を良しとするいびつな市場原理主義が残っている地方もありますね」
業界全体の影響を考えた施策を 日原「7月26日に再開した中央建設業審議会・社会資本整備審議会の基本問題小委員会では、入札契約制度の改革も重要なテーマの一つになっています。ここでは、これまでの入札制度を『発注者が元請けだけを見ており、結果的に業界全体にどのような影響を与えるかに関心を持ってこなかったのではないか』という反省に立って、どのようなやり方が望ましいのか、有識者らの意見を聞きながら真剣に議論しなるべく早く制度設計したいと考えています」
北川「国直轄の大規模事業だけでなく、地方発注の小さな事業も公共事業として重要な役割を担っています。国・地方関係なく、公共事業全体のあるべき姿を実現するための施策を打ち出してほしいですね」
谷村「過当競争に理論で対抗できるような法制度など新たな施策に大いに期待しています」
日原「1993年以降続いている入札制度の見直しのテーマは、どうすれば『望ましい社会資本の整備ができるか』ではなく、『談合や贈収賄、公務員による機密事項の漏洩といった不正がなくなるか』の観点でした。今後は原点に立ち返って、どうしたら良いもの・良い管理ができるかを目指した制度にしていきます」
業界の改善に自ら取り組む環境づくりへ 谷村「新たな制度を創設し行政が業界に取り組みを求める場合、これまでは企業評価などのインセンティブを与えるか、規制するかの二つの手法で進めてきました。私は、いずれも限界があると考えています。なぜなら、評価手法では、評価されることが目的となり、施策本来の目的が失われてしまいます。一方規制手法では、企業・業界の元気がなくなります。取り組みを求める施策がなぜ必要で、業界・社会にどんな影響があるかをしっかり理解した上で、業界自らが取り組もうと思えるようにしなければ本当の意味での施策の目的は達成しません。これらの推進には、行政の支援も必要ですが、まずは自らの業界をより良いものするため、自分達が頑張ろうと思える精神を業界の関係者が相互に持てる環境づくりが大切です」
―その環境づくりの第一歩が建産連ですね 谷村「建設業界は元請けと下請け、または資材業者など立場によって利害が対立する場合があります。この対立を単にコストの話として捉えるのではなく、将来を見据えた共通の目標を持って議論できるかが建産連活動の成否の大きな鍵でしょう。まずは相互理解に向けて団体間の話し合いを進めていきます」
北川「地域の業界関係者が地域の実情を踏まえて業界全体の課題解決・目的達成に向けて具体的に検討する―。この重要な役割を果たす地方建産連の存在価値が高まりつつあることを全国に発信し、長崎建産連の誕生を起爆剤として、私の念願である『建産連空白地域の解消』を促進したいですね」
建産連でなければ適切に対応できない 日原「われわれが進めようとしている施策は、建産連のような組織でなければ円滑・適切に対応できません。昨年、鹿児島県で開催された全国建産連の会長会議であいさつさせていただいた際に、建産連の組織は素晴らしいのになぜ34府県にしか設置されていないのかと申し上げていたのですが、早速、長崎で設立されたことは国交省としても大変ありがたいです。全都道府県への早期設置も期待しています」
北川「長崎を含め35府県に設置された地方建産連ですが、活動に濃淡があるのも事実です。直面する重要な課題に適切に対応することなどを目指し、まずは活動の方向性を新たなビジョンとして策定することを考えています。また、長崎建産連の誕生により、九州・沖縄地方のすべての県で建産連組織が設置されたことになりましたので、地域ブロック建産連の実現にも期待しています」
日原「国としても、建産連などと連携しながら、より良い施策を探っていきます。入札契約制度については、最良のものを一つではなく、さまざまな状況や目的を踏まえた多様な制度を提案するつもりです。先ほど、地方自治体の入札制度について話が出ましたが、業界はもちろん、社会の誰もが納得できるような方法を示せれば、力づくで地方に導入させようとしなくても、おのずとその方法が浸透するはずです。そのためにもまず、業界全体が納得いく議論を建産連が中心となって進めてほしいですね」
―最後に、長崎建産連の中長期的な活動の方向を聞かせてください。業界の問題は社会の問題 谷村「▽税収の低迷▽雇用の場の縮小▽低い県民所得▽県外への人口流出―といった、長崎県が現在抱えている課題は、建設業界の問題とも符合すると気付きました。われわれが適正な利益を出し、健全な活動を続けることで県の課題も解決するのです。大風呂敷を広げていると思われてしまうかもしれませんが、われわれの問題は、われわれだけの話ではなかったのです。そして長崎県だけの話でもありません。社会問題を解決するために業界が一体となって対処していくことが、建産連の根本的な活動目的ではないでしょうか。その中には当然、行政への要求活動も含まれます。その一つが、これまで無理やり削減してきたともいえる社会資本整備費を、現在のように景気浮揚策として補正予算で一次的に増やすのではなく、本予算で適切に確保し続けてもらうことです。これにより長期的な視点に立って安心して企業経営が行えるようになり、結果的に若者の希望・期待に応えられる業界の実現につながるからです。
【略 歴】
日原洋文(ひはら・ひろふみ)1980年東京大学法学部卒、同年建設省入省。関東地方建設局水政課長、茨城県県南・県西振興課長、建設省入札制度企画指導室長、九州地方整備局総務部長、国交省道路局路政課長、大臣官房会計課長兼官房審議官、水管理・国土保全局次長などを経て2012年7月建設流通政策審議官。13年8月から内閣府政策統括官(防災担当)。千葉県出身。
北川義信(きたがわ・よしのぶ)1967年金沢大学工学部卒、同年日本瀝青工業入社、69年北川ヒューテック入社、89年同社社長、2007年会長。石川県建設業協会会長、石川県建設産業連合会会長、金沢商工会議所副会頭、石川県中小企業団体中央会理事などを歴任。12年から全国建産連会長を務める。石川県出身。
谷村隆三(たにむら・りゅうぞう)1972年武蔵野美術大学造形学部卒、73年星野組入社、2002年同社代表取締役。長崎県建設業協会会長、九州建設業協会会長、長崎県総合評価落札制度検討委員会委員など歴任。全国建設業協会では、総合企画委員会の委員長や広報戦略検討会の座長を務める。長崎県出身。