人々の安心安全な生活基盤を、防災減災をとの声が大きくなる一方で、それを支える建設産業は相次ぐ公共事業削減にあえいでいる。この矛盾とも言える状況を生き残り、その役割を果たすために必要なことは何か。2012年という新年を迎え「建設産業の明日をつなぐために」建設業自身が起こすべき行動とは―長崎県建設業協会谷村隆三会長、佐賀県建設業協会岸本剛会長に話を聞いた。
2011年は大震災の年でありましたが、1年を振り返っていかがでしょうか岸本 佐賀県建設業協会では発生直後に県の担当窓口に必要なものを問い合わせ、3月15日から2日間で新品の毛布2000枚を集め、即日トラックで輸送しました。その後、全国建設業協会を通じて義捐金を送付しました。このとき九州からの義捐金が全建総額の7割以上を占めていたと聞いています。
谷村 当時、被災地の状況が不明なままでしたので、義捐金以外の有効な支援方法が見あたらなかったこともあります。長崎大水害や普賢岳噴火災害の経験がありますから、恩返しだという気持ちを多くの会員が持っていたのです。
岸本 九州各協会当たり1000万が目安でしたが、佐賀県のような小さな規模の協会にとっては相当な額です。しかし、九州は長崎の災害や宮崎の口蹄疫など、災害が多く全国支援をいただいてきた地域ですから、「足並みをそろえた支援」への不満はありませんでした。かつて被災者だった経験がそうさせたのだと思います。
谷村 九州人の気質みたいなものもあるでしょうね。こういう事態には立ち上がろう、助けようというような。ただ当時私が感じたのは、これは人の考え方や価値観を覆す事態が起きたということでした。これまで当たり前に感じてきたことがいかに大切なことだったかを身にしみて感じたのです。寝るところがあり、食べるものがあり、家族があって仕事がある。この当たり前が簡単にもろく崩れる様を目の当たりにしたのですから。
その瞬間「コンクリートから人へ」という言葉に激しい憤りがこみ上げてきました。人が人であるための礎を簡単に切り捨て、貶めるようなことをよくやれるものだと。こういった思いは建設業に限らず多くの人が持ったことと思います。
岸本 「コンクリートから人へ」などと言う人たちが世論を動かす、それがいかに危険なことかがあらわになりました。人の生活の基盤は何の上に成り立っているのか、コンクリートが無い時代に比べ、どれだけの命が守られ、発展し快適な生活が出来ているかを正しく認識するきっかけともなったのではないでしょうか。しかし建設業の重要さや役割が、こういった不幸がないと伝わらないというのは非常に残念なことと思います。
谷村 行政機関も一般市民の知らないところで水道や道路、河川を守ることで市民の生活や命を守っています。雨が降った、雪が降った、台風が近づいたその度に昼夜問わずに出動している人が数多くある。その一部を私たち建設産業が担っており、そういった働きがあってこそ人々の生活は維持されているのに、目に見えないがために「当たり前だ」とその大切さが分からない。
岸本 責任論や極論が一般紙上で席巻したことが建設業を追い詰め、国の在り方を大きく歪ませているように感じます。悪いことがあればその業界全体が悪玉のように取り上げ、事故や災害が起きれば誰のせいだとなる。公共事業が削減され、社会資本が劣化し崩れれば今度は誰のせいになるのか。
谷村 現地で災害対応に尽力している人たちの話を聞くと家族も行方不明のまま、多くの遺体を目の当たりにしながらの作業に、精神的に追い詰められてしまうと話されていました。その中での迅速な対応には驚愕すら覚えていますし、彼らの活動は自己犠牲に近い。私たちの仕事は誇りにすべきと思う一方、建設業のおかれている現状のいびつさをあらためて感じさせられました。
東日本で必死に対応作業にあたった叶[松組の深松務氏の「この災害が起きたのが今でよかった。5年後ならば疲弊した地元業者にこのような対応はできなかった」という言葉は非常に重いと思います。また深松氏は「防災協定で想定していたことの多くは役に立たなかった。電話による連絡も出来なければ道路も通行出来ず、現地に辿りつけない。やっとの思いで駆けつけると今度はガソリンが不足した」とも語っていた。電話が通じなければ無線、ガソリンスタンドが枯渇すれば備蓄のある企業のリストなど、実際に即した協定のあり方を全国的に見直さなければならないでしょう。
被災地復興の一方で、被災地外の更なる公共工事削減を問題視する声もありますね谷村 忘れてならないのは東日本の膨大な被害額がクローズアップされ、集中投資がなされる一方で、九州も毎年台風や集中豪雨など多くの自然災害に見舞われていること。今回の大震災は600年に一度の規模だと言われているが、九州のこの600年分の自然災害被害を積算すればどのようになるかは理解できるはずです。自然災害を完全に防ぐことはできなくとも、法面や護岸、道路の補強などで防げるものも在ります。
防災国家を創ろうという中に東北、北海道、関東、四国、九州があり、震災のダメージから東北にやや重きが置かれるなら理解できるが、国全体に危険があるのに全てを東北につぎ込むという。それでは成熟した国とは言えません。
協定と全国を見た防災の在り方、二つの意味から長崎で記念講演「大災害に学ぶ」を1月24日に開くこととしました。一般市民にも建設業や公共事業の意味を正しく理解してもらう機会になると期待しています。
岸本 私としては極端な偏重傾向から日本は崩壊すると思っていた矢先にこの大震災がおこりました。橋を作れば永遠にそれが持つわけではありません。地震が無くとも40年も50年も放置すれば崩れます。アメリカで次々と崩壊する橋が問題となりましたが、次は日本だと思っていました。現に港湾でもコンクリートの下はH鋼、つまり金属だから塩害による劣化は相当なものであるのにその更新に予算はつかず、今や危ないものの方が多いくらいです。震災が無くとも潰れていたものが、あたかも丈夫だったのに震災のせいで崩れたかのように認識されるのはおかしい。
偏重的な風潮はこうしてさまざまな危険を呼んでいます。少しでも公共事業や建設業の役割を正しく認識してもらおうと、佐賀県建設業協会も2011年8月に佐賀新聞と共同で防災シンポジウムを開催しました。また「FMさが」と共に夏休み親子防災教室も開いています。建設業も一般市民に開き、その声を聞かなければ正しい認識は得られないと思います。
子どもたちに建設業の意味を理解してもらうことは、業界で問題となっている担い手不足にも寄与するのでは谷村 担い手不足には建設業のイメージの悪さも大きな比重を占めているでしょう。昔から言われている「3K(きつい・汚い・危険)」が未だ根強いために特に現代の若者に避けられてしまっています。今後は新3K、高収入・感動的(クリエイティブ、高品質、効率的、という意味を込めて)・かっこいいをスローガンにやっていかなければと思っている。それが定着するような業界にならなければならないでしょうね。われわれ建設業協会は協会会員のためだけに活動しているわけではありません。業界全体のことを考え、どうあるべきかを議論し日々活動しているのです。
岸本 地元佐賀大学理工学部都市工学科の荒牧軍治元教授が「都市工学科なのに建設業にはゼミ生は一人も就職しない」と話していました。その気になればすぐに土木一級を取れる若者が、建設業に行きたがらないと。大手ゼネコンなら行こうという気になるのかというとそうでもない。とにかく土木業はいやだという本人の気持ちと、親御さんが行かせたがらないという両面があるようです。
今建設業に携わっている仲間でさえ、子どもには建設業をやって欲しくないと言う。昔は建設業といえばその技術が「かっこいい」というある種のステイタスがありましたが、今の若者はとにかくそこそこに働いて休めればいいという感覚があるように思います。それがまた建設業離れを加速させているのではないでしょうか。
谷村 先に話した新3Kはまた女性の参画を求めるものでもあります。例えば、そこがどんなに美味しい店でも女性は外観が汚ければノーという。それがダメだというわけではなく、こういった女性の視点を考えなければ建設産業に将来はないだろうと思うのです。世論における女性の力は大きいですから。それだけでなくCADや重機の世界には女性が進出しつつあり、また今や女性の方が粘り強く真面目なんですよ。
岸本 特に建築においては女性の意見は欠かすことはできないでしょう。生活に直結する部分を担っているのはほとんどが女性ですし、個人住宅ともなればどのような家にするかはその家の女性次第なのです。そうなれば話しやすいのは建設業でも女性でしょうし、そこに共感したりピンポイントな提案も出来る。シンクの高さ一つでも男性は「規格品なら安いからいいだろう」となるけれど、それを使う立場となれば多少高くても使いやすい方がいいに決まっています。谷村会長が言われた「旨くても汚かったらダメ」という女性の感覚はそういった意味で大切なんです。使い手を考える≠アとで言えば私たちが作るものを使うのは、半数またはそれ以上が女性です。ですから女性の建設産業参入は必要なことだと思います。
建設業界のイメージについて高収入、高品質へと言われましたが、過当競争によるダンピングが労務費を圧迫し、品質を低下させるという事態は続いているようです谷村 公共事業の積算基準となる「設計労務費」は大きな問題です。これがとんでもないことに長崎県は全国でも下から2番目。労務費をあげるためにはいくつかの方法がありますが、現状の落札金額が予定価格の90%でも、労務費は100%以上払いなさいというのはつじつまが合わない。
そこで長崎県では当面の処置として最低制限価格を95%に上げてほしいと要望しています。それがなされれば下請も含め、労務賃金を保証し監査しましょう、保険についても未加入ならば契約できない、下請もできないという環境にしましょうと。
競争だけを追及すればひずみが生じるのは当然のこと。競争の一方で、守るべきものの保証も行わなければなりません。暑さ寒さの中、技術と知恵を出して仕事を行う人々にはせめて経済的に恵まれた環境を確保しなければ、女性どころか若者全般がこの業界に入らない。専門業者全般が崩壊するでしょう。
公共事業の入札制度そのものにも、まだまだ改善を望む声が多いようですが谷村 総合評価の理念そのものは良いものでしょうが、加算方式・除算方式・評価点などが果たして真の効果を挙げているかには疑問があります。例えば簡易型で提出する施工・技術計画は今やほぼ全員が100点になり、差はつけられなくなっています。だから今度は実績や表彰といった基礎体力だけで評価せざるを得なくなり、そこが強い会社は強くなり続ける事態になっています。
岸本 競争入札のはずが、勝つ会社は常に勝ち、負ける会社はどう頑張っても負けるという状況。それが佐賀や長崎のような地方でなされれば、必死に真面目な仕事をしていても中小建設業は生き残れません。
谷村 この制度は「絶対落札できない会社」を作り固定化するためのもの。能力が無いという面で絶対落札できない会社はあるだろうが、その工事において良いものをつくる能力があれば、それ以上を求め、無理やり差をつける必要があるでしょうか。最終目的が規格に沿った良いものをつくることならば、関係ないようなことにいつまで手間と時間をとるつもりだと言われる評価委員もいる。全くその通りだと思います。
岸本 総合評価は金額だけの競争でダンピングが生じるのを避けるために導入されたものでしょうが、成熟した制度に至るまでの過程でまだ半分にも到達していないというのが現状。今から時代や状況に応じた修正を加えていって理想形にするプロセス段階なのです。ところが行き着く先はというと導入前の指名競争に近い形になる可能性が高いと思っています。
谷村 私は国土交通省の総合評価方式活用検討懇談会の委員を務めていますが、その根底を見直さなければならないという意見は多い。これだけ全国的に総合評価の方向へ突き進んできたからには指名競争へ戻すことは出来ないでしょうが、総合評価の問題点は緩和できると考えています。
そこで長崎県建設業協会では、長崎県で先行して特別簡易型を3種類つくり、大きな工事は現行、そのほかは指名に近い形としており、重要なのが選定に人為を盛り込まないこと。工事に応じた業者選定基準システムを作成し、コンピューターで参加できる業者を選び出すことを提案しています。例えば技術者5人がいる会社に比べ、20人いる会社は4倍の参加確立を持てるといった具合で、技術者に限らず、点数や場所なども鑑みるものです。そしてこれまでと異なり、何件受注したかも反映します。指名競争で受注した件数が多ければ簡易型での参加確率は下がるプログラム。いわば自動選抜方式で、このハードルを越した先は単純に金額競争となるよう提案しています。
岸本 現行方式には国はともかく、自治体単位では限界が来ています。そういうシステムがあったほうが自治体としても良いでしょうね。作成したい構造物の品質と、対外的な名目とは何の関係も無い。特に市町単位の小さな工事は、品質だけでなく近隣住民への配慮も重要なこと。指名競争ではそういった期待も込めて業者選定が行われていたが、一般競争ではそうも行かず行政の現場担当者も大変だという。発注者側にも総合評価ゆえの苦労があることを、私たちも理解しなければなりませんね。
2012年は協会としてどういう一年にしようと考えておられますか岸本 建設産業の状況は厳しさを増すばかり。地域貢献などもせず、品質を高めようとしない業者がコスト競争なら強いために、現状のまま自然淘汰に任せればそういった業者が生き残る。一方で今の公共事業費で全ての地域建設業者が生き残れるはずもない。だからこれからは公共工事へ参加する業者数に、一定の絞り込みを掛けなければならないと思っています。
これは長崎県が佐賀県よりも積極的、かつはるかに過激に行っていることですが、佐賀県でもやらなければなりません。自分の仲間たる建設業界の企業が減っていくのを、私はすでに今、容認している形。私たちにとっては正に身を切る思いですが、地域貢献も技術研鑽も出来ない企業と共に全体が沈むことを思えばやむを得ません。
谷村会長が言われた「業界全体のために」とは正論ではあるが私は、会員が淘汰されない側の企業であって欲しいと願っています。そのための会員の意識向上は欠かせないし、協会での地域貢献活動ももちろん行っています。これは私が今年一年をかけて強く主張していかなければならないことです。
また大震災は本当に不幸なことでしたが、「県民の安心・安全を守る」ために建設業がなくてはならないことを、一般に伝えられるきっかけともなりました。2012年も声を大にして言っていきたいし、実際に守り続ける協会であり続けようと思います。
谷村 長崎県では行政、経済界、金融業、保証機関などさまざまな人を交え、建設産業に関する研究会を設立し、建設行政の将来の方向性についての論議を一昨年に行いました。その中で大きく取り上げられているのがやはり需給バランス。ピーク時に比べ、現在は3分の1の仕事量となっているのに業者数は変わらないため、それを是正する必要があると県に提出しています。
需給バランスは市場競争の中で自然に保たれていくことであるとして、これまで行政が関わることはタブーとされてきたが、岸本会長も言うように公共事業を巡る問題では必ずしもそうとは言えない。大変厳しい状況です。業界では皆が「業者数は減らさなければならない」と言う一方で、自分は減る側に立ちたくないと言う。Aランク業者はどうあっても減るでしょうが、Bランクになった業者、これまでもBランクだった業者を、組織化することで生き残れるような体制に出来ないかを考えています。
そこで重要なのが、仕事に対する意欲、能力のある業者のみを組織に組み込むこと。それ以外は建設産業をあきらめてもらう。優良な組織を作って工事を請負う体制作りが2012年の方針です。人任せでなく、行政は行政の、業界は業界の成すべきことを各々の責任で真摯に取り組むことを今年の大きなテーマとしています。
(建設新聞社(長崎)堤陽子)