北海道建設新聞社
2025/03/19
【北海道】道新幹線札幌開業延期で迫られる沿線自治体のまちづくり見直し
国土交通省は14日、北海道新幹線の札幌開業を2038年度末と正式に決めた。当初計画の30年度末からさらに8年先送りされる。沿線自治体や経済団体には落胆が広がっている。新幹線の乗り入れを見込んだまちづくりの見直しが迫られ、整備の長期化は各自治体の財政計画にも影響を及ぼす。国の情報開示に対する批判も出ている。(新幹線問題取材班)
■遅れで高齢化や過疎化に危機感
遅くとも35年度末に開業するとの見立てで、まちづくり計画を練っていた岩村克詔八雲町長は「遅れにより高齢化や過疎化がどんどん進む」と危機感をあらわにする。札幌と新幹線でつながることで医療体制の充実も期待していた。
駅周辺への観光牧場やレストランなどの整備に向け、不二家(本社・東京)と協議を進めているが、「これだけ先になると計画がどうなるか分からない」と嘆く。
駅前で区画整理や立体駐車場と商業機能を兼ねた施設の新築などを計画する長万部町。30年度の完成予定に変更はないが、開業延期がテナント誘致に影響する可能性がある。
木幡正志町長は「できる限り早期に新幹線効果を感じることができるよう鉄道運輸機構や国交省にお願いしたい」とし、「特に駅に接続する自由通路は津波避難経路としての役割を担う。開業時期にかかわらず、一日でも早く使用できるようにしてほしい」と求める。
新幹線以外にも医療、教育、老朽化したインフラの更新など自治体は取り組むべき事業を多く抱える。文字一志倶知安町長は「他に懸案の事業もある。年次を調整するなど財政計画の見直しが必要だ」と嘆息する。
迫俊哉小樽市長は「札幌まで延伸することで効果を最大限発揮できる。まちづくりへの影響は大きい」と指摘する。小樽商工会議所の中野豊会頭は「経済界として行政と連携し、一日でも早い開業を粘り強く要請するしかない」と話す。
■今後の方向性しっかり説明を
新幹線開業を見込み複数の再開発が進む札幌市。14日の定例記者会見で秋元克広市長は、「まずは有識者会議の内容と今後の方向性などについてしっかり説明をいただきたい」と注文を付けた。市が参画するJR札幌駅南口で計画する北5西1・2の再開発は開業時期にかかわらず、早期完成を目指す姿勢を強調した。
鈴木直道知事は14日の道議会で「札幌開業は道民の悲願。オール北海道で長年取り組んできたことを踏まえると大変遺憾だ」と発言。国による影響の把握、それらの最小化に向けた対応の検討を求め、4月上旬に沿線自治体や経済界などと緊急要望することを明らかにした。
施工するゼネコン側も先が読めない状況に苦慮する。ある関係者は「38年度末になったが、これ以上延ばさないという意味ではないか」と推察。あらかじめ期限に余裕を持たせ、少しずつ前倒しするのではないかとみる。逆に、難工事となっているトンネル現場を担当する関係者は「38年度末開業でも間に合うのだろうか」と懐疑的だ。
北海道建設業協会の岩田圭剛会長は14日、開業延期に遺憾の意を示した上で「引き続き工事の安全を確保しつつ開業に向け最大限力を尽くすとともに、開業を見据えたまちづくりを支援する」とのコメントを出した。
沿線以外の地域でも動向を注視している。新幹線札幌延伸に伴い、JR北海道から経営分離される函館−長万部間。鉄道貨物輸送の要で、国交省や道などが今後の在り方を検討している。帯広商工会議所の三井真専務理事は「十勝からは農産物などをJR貨物で運んでいる。物流の2024年問題があり、鉄路をしっかり残してもらいたい。開業まで延びた時間を活用し、JR貨物の輸送体制確保に対する議論を深めてほしい」と訴える。
旭川市総合政策部では延期の影響は不透明としながらも「基本計画では新幹線の終点は旭川市と定められている。旭川延伸の早期実現を目指して要望活動をする」としている。
公共事業に詳しい北大工学研究院土木工学部門の高野伸栄教授は、開業の遅れに関する国交省などの情報開示が遅く「社会に混乱を招く結果になった」とし、根底には「工法や事業費のかけ方などに柔軟性を欠く面があるのでは」と指摘。本道経済の活性化に向けて、札幌は開業の遅れとは別に再開発を進める必要性を示す。高速交通網を充実するため「高規格道路と合わせ技で考える必要がある」と見解を述べた。
■解説/道新幹線・札幌開業38年度末 落胆から負の連鎖を懸念
あまりに遠過ぎる−。国土交通省が示した北海道新幹線の新たな開業目標に、関係者は言葉を失った。工事の遅れは数年前から明るみに出ていた。「挽回できる余地がある」との願いはついにかなわなかった。
新函館北斗−札幌間は2012年度に着工。当初は35年度の完成目標としていたが、15年1月の政府・与党申し合わせで5年短縮し、30年度末の開業を目指すことになる。一方、終着駅となる札幌市では冬季五輪・パラリンピックの招致に動いていた。30年の五輪開催が実現すれば、さらなる開業前倒しも有り得るとの高揚感が道内には広がっていた。
21年、工事中の羊蹄トンネルで巨大な岩塊の出現によって掘削が阻まれ、この辺りから暗雲が垂れ込め始める。渡島トンネルで地質不良が確認され、札樽トンネルでは掘削土受け入れ先確保の遅れが後を引く。23年には五輪招致活動の停止もあった。
北海道新幹線のトンネル掘削に当たっては、着手前から地質の複雑さがささやかれていた。建設業界も開通目標を不安視していた。工期をはじめ、早期に軌道修正する機会がなかったのか、疑問が残る。
開業目標が8年延びたことにより、工事費のさらなる上昇は必至だ。当初1兆6700億円と想定していた総工費は工事に伴う発生土処理の対応、資材価格の高騰などを受けて22年に約6500億円増の約2兆3200億円に見直した。資機材、エネルギー価格の高騰はやむ気配がなく、青天井の様相を呈する。自治体の負担金も増すことになり、限られた予算の中で老朽化したインフラ、公共施設などの更新にも影響しかねない。
札幌延伸を見込んだ民間投資にも冷や水を浴びせる。札幌市内では複数の大規模再開発が進む。1972年開催の冬季五輪を契機に新築したビル群が一斉に更新時期を迎えたことが要因だが、新幹線の札幌乗り入れが後押しした側面は強い。
人口減少時代に立ち向かう好機と捉えていた地方の落胆ぶりは大きい。八雲町は駅周辺にカフェレストランや観光情報発信拠点、乳製品加工工場などを誘致するほか、新たな特産品づくりのためワイナリーやウイスキー蒸留所の建設を計画。長万部町は駅前での区画整理事業、東口に立体駐車場と商業機能を兼ねた新施設を構想する。新たな一手を打ちたい自治体にとって、開業までの14年は長い。
人口規模が近く、比較されることが多い福岡県。博多駅と鹿児島県の鹿児島中央駅を結ぶ九州新幹線が開業して、3月で21年がたつ。所要時間は在来線の3分の1程度に短縮され、利用者数は2倍強に増加。新大阪まで乗り換えなしで行けるようになり、海を越えて交流人口が増大している。
交通ネットワークはつながってこそ、その効果を最大限に発揮する。本道では高速道路網の整備も途上。鉄道や路線バスも廃線や運行停止が相次ぎ、公共交通の選択肢が狭まり続ける。
本道を舞台にラピダス(本社・東京)の次世代半導体製造、再生可能エネルギーが中心となるGX投資が日本のけん引役に変貌しようとしている。建設業界が持つ知見をフル活用し、北海道新幹線を一年でも一日でも早く完成させることが本道再生の鍵となる。 (小樽支社・佐々木 陽一)